
電報の使い方
電報は必要ですか
色々な通信方法の中で、電報は必要とされていますか
遠い場所との情報のやり取りをするための方法を人間は昔から考えてきました。例えば、遠くでも目にできるようにするために、のろしにより情報を伝えることがありました。しかし、天候によって左右される上に、伝えられる情報量が少ないという点があります。ですから、直接に手紙を渡すために、世界中において、郵便という手段による情報通信の手段が作られてきたのです。また、その中では、飛脚による文のやり取りや、早馬などにより、より早く情報をやり取りすることが求められていました。
手紙による情報交換が行なわれてきた後、さらなる高速化を望むために、開発が行なわれてきました。電話の開発のために、手紙ではなく、声による通信が行なわれてきました。その後、小型化、移動化が進められ、現在の携帯電話のように、世界中で使うことのできるようなものになってきたのです。また、インターネットによる通信が一般的になることにより、文字、映像など、様々なメディアでの情報交換が瞬時に行なえるようになり、世界が狭くなったかのように、情報が集められるようになってきたのです。
このように、高速化する通信手段、情報交換の中にあって、電報には、その必要性が認められているのでしょうか。確かに、ただ単に手紙による情報を伝えるのであれば、電子メールのように通信速度の速いものにするほうがよいでしょう。しかし、電報は、日本で使われていた当初の目的とは、違う使われ方をしていることに、生き残っている理由があるのです。ですから、様々な通信手段が、今は廃れ、もしくはなくなっているにも関わらず、電報が残っていることになるのでしょう。
通信速度だけを考えれば、電報は遅いものになってしまいます。携帯電話や電子メールのような、通信手段が年々発展しているからです。しかし、電報が使われる場面について考えてみましょう。結婚式での祝電や、葬儀でのお悔やみなどの場面で用いられるのではないでしょうか。もちろん、そのような場面において、電子メールなどを用いることができますが、マナーや形式というものを考えるならば、電報に勝るものはないのです。このような、特殊性のある市場を有していることに、電報の特殊性があるといえるでしょう。
